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大阪高等裁判所 昭和41年(ラ)135号 決定

抗告人 村田春生

相手方 永田益造

主文

原決定を取消す。

相手方の申立を棄却する。

申立費用及び抗告費用は相手方の負担とする。

理由

抗告人は主文第一、二項同旨の裁判を求め、その理由として別紙抗告の理由記載のとおり主張し、これに対する当裁判所の判断はつぎのとおりである。

一、記録によつて調査するに、本件ではつぎのとおりの事実関係が認められる。

(一)  本件の債務名義は、原告を相手方先代、被告を抗告人外二名とする神戸地方裁判所昭和三五年(ワ)第八四五号建物収去土地明渡並びに同年(ワ)第一〇五七号土地明渡各請求併合事件における仮執行宣言付の原告勝訴の第一審未確定判決(昭和四一年二月五日言渡)の執行力ある正本であつて、(相手方先代の死亡により相手方においてその承継執行文の付与を受けた。)右判決のうち抗告人と相手方間の法律関係に関する主文の内容(但し訴訟費用の負担に関するものを除く)は、「抗告人(被告)は相手方先代(原告)に対し神戸市生田区加納町五丁目二四番地、家屋番号五番の一、木造瓦葺二階建店舗一棟、建坪四坪六合七勺、二階坪四坪七勺を収去して右建物敷地を明渡せ。」と言うのであること、

(二)  相手方の右債務名義に基く抗告人を被申立人とする原審における申立の趣旨は、「相手方において抗告人の費用をもつて第三者をして本件建物即ち神戸市生田区加納町五丁目二五番地、家屋番号五番の一、木造瓦葺二階建店舗、建坪一〇平方米二六(三坪一合)、二階建一〇平方米二六(三坪一合)の収去をなさしめることができる。抗告人は相手方に対して右収去に要する費用金一万五、〇〇〇円を予め支払え。」と言うのであつて、収去すべき建物は、債務名義では前記のように二四番地上にあり建坪四坪六合七勺、二階坪四坪七勺であるのに、右申立の趣旨では二五番地上に所在し建坪及び二階坪共に一〇平方米二六(三坪一合)となつていること、

(三)  債務名義中に収去すべき建物の敷地として表示されている神戸市生田区加納町五丁目二四番地については、本件債務名義である前記判決の言渡期日(昭和四一年二月五日)前に、(判決言渡に接着する口頭弁論期日は記録上不明、)神戸国際港都建設事業生田地区復興土地区画整理事業施行者神戸市長から仮還地を換地区三宮元町、街区番号一、符号一一の内の一部と指定され、昭和四〇年四月二七日右事業施行者から抗告人宛に右従前の土地に所在した抗告人所有の前記債務名義に掲げている通りの建物を同年八月五日までにその仮換地上に移転又は除却すべき旨の通知があつたが、抗告人は右移転又は除却工事を自ら施行した形跡なく、前記区画整理事業施行者自身において前記従前の土地上にあつた抗告人所有の前記建物を解体し、右土地の仮換地に当る生野区加納町五丁目二五番地上に右解体して得た建築材料を用いて建坪二階坪共に一〇平方米二六(三坪一合)の木造瓦葺二階建店舗の建築工事を完了し、昭和四〇年一二月三日これを抗告人に引渡したこと、(この点に関し、抗告人が現在所有している建物は以前神戸市生田区加納町五丁目二三番地に所在した延坪九坪五合八勺の建物を除却し、同所に延坪敷六坪二合一勺の建物を新築したものであつて債務名義に収去すべきものとされている建物とは異ると主張し、抗告人が原審に堤出した建築物等の引渡し書には抗告人が仮換地指定前に所有していた建物も同指定後に所有している建物も共に前記場所の二三番地上に所在する旨の記載があるが、記録に編綴されている他の書証及び原審における当事者双方の主張と比較すれば、右建築物等の引渡し書の記載のうち移転(除却)工事前及び同工事完了後の建物所在地の地番の記載は誤つていて、それらの真実の地番は前記当裁判所の認定する通りであると認めるのが相当である。また抗告人が現在所有する建物は前認定のように土地区画事業施行者が従前の土地上にあつたものを解体してよつて得た建築材料を用いて仮換地上に建築したと認むるが相当であつて右認定を覆すに足る証拠はない。また、相手方は、二五番地に移転後の抗告人所有の建物はその家屋番号同町(生田区加納町)五番の一であると主張するが、本件記録中には右主張を証明する証拠は見当らない。)

二、以上で認定した事実関係に基いて、以下原決定の当否について判断する。

(一)  建物収去の執行と建物敷地の関係について

建物収去の強制執行の場合には、建物収去の代替執行の授権方の申立を受けた第一審受訴裁判所は、債務名義に掲げる収去すべき建物が同一であると認めても、前者の敷地と後者の敷地が異るときは、右債務名義に基いて右申立書に掲げる建物について建物収去の代替執行の授権決定をすることはできない。

けだし、建物収去土地明渡を内容とする債務名義では、建物収去部分の執行をすれば、その結果として土地明渡の効果も自然に得られるのが普通であるから、債権者は建物収去部分について代替執行の授権方の申立をして土地明渡部分については別段の申立をしないけれども、こゝに建物の収去とは特定の土地から特定の建物を除去するという意味であつて、決してその所在場所如何にかかわらず建物を破壊する意味ではないから、建物収去の代替執行の授権方の申立を受けた第一審の受訴裁判所は、債務名義に掲げる収去すべき建物が右申立において収去を求めている建物と同一であると認めても、前者の敷地と後者の敷地が異るときは、右申立をした債権者に対して右債務名義に基いて申立に係る建物収去の代替執行の授権決定をすることはできない。この場合には建物収去の請求は土地明渡請求の内容の一部又はこれに従属するものであつて、土地明渡の請求から独立してそれ自体で独自の存在理由を持つ請求ではないから、収去すべき建物が債務名義に掲げられた土地以外の土地上にあるときは、たとえその建物が債務名義に掲げられた建物と同一であつても、その債務名義によつて右収去の執行をすることは許されず、その建物の収去の執行のためにはその所在する土地の明渡の請求の一部又はこれに従属する請求としてその建物の収去を認容した別個の債務名義を必要とするのである。

(二)  本件の場合における建物及びその敷地の同一性について

先に認定した事実関係によれば、本件債務名義に掲げられた収去すべき建物は具体的には前記加納町五丁目二五番地地上に現在する建物と同一であると認めることができる。しかしながら、右建物の敷地については、二四番地の土地が地番の変更によつて二五番地となつたのではなく、土地区画整理のために二四番地の仮換地としてこれと別個の土地である二五番地が指定されたのであるから、両者は別個の土地である。そして、既に述べたところから明らかなように、二四番地の土地の明渡請求を内容とする債務名義をもつて二五番地の土地の明渡の強制執行ができないのと同様に、二四番地上の建物の収去の請求を内容とする債務名義をもつて二五番地上の建物収去の執行をすることはできない。抗告人は、「執行機関にすぎない原審は請求の存在、債権者、債務者の同一性等執行力ある債務名義につき形式的審査をする権限を有するだけで、執行目的物が現実に存在するかどうか、従前の建物と仮換地指定後の建物が同一性を有するかどうか等の実体的な要件を審査することができない。」と主張する。しかしながら、特定物の引渡又は特定物に関する代替的作為を目的とする請求についての強制執行のように、強制執行の対象が特定物である場合には、その執行機関は、その執行に着手する際又はこれに先立つて、常に必ず、債務名義中に執行の対象として掲げられている物件が具体的には実在するどの物件のどの範囲に該当するかを認定しなければならない。即ち右のような執行対象の同一性とその範囲の認定は執行機関の本来の職務の一であつて、当然その権限の範囲に属する。そして、特定物の引渡を目的とする請求についての強制執行のように執行機関が執行吏である場合には、右同一性及び範囲の認定のために形式的審査をなし得るだけであるが、右執行吏の執行に対して執行方法に関する異議申立があつた場合における執行裁判所や、特定物に関する代替的作為を目的とする請求についての強制執行の場合における第一審の受訴裁判所のように、裁判所が執行に関する裁判をするときには、債務名義に掲げる執行対象が具体的にはどの物件のどの範囲に当るかを実質的に審査してその認定をすることができる。建物収去の代替執行の授権申立があつた場合には、その申立を受けた第一審の受訴裁判所は当然、証拠により経験則に則り、債務名義に掲げる収去すべき建物が申立書中で収去の対象とされている建物と同一で且つその範囲を同じくするかどうか、また右両者の建物敷地が同一であるかどうかを認定することができる。この点についての抗告人の主張は採用できない。

(三)  本件に対する仮換地指定の影響について

本件の収去すべき建物が現在する前記二五番地は、前認定のように債務名義に掲げる二四番地の仮換地であるから、仮換地の指定発効前に二四番地について使用収益権を有した者は、右指定発効後は二五番地について同様の使用収益権を取得することができる。したがつて、二四番地の所有者は仮換地指定発効後に二五番地を不法占有する者に対して同土地の明渡を請求することができる。このように、二四番地の所有権に基く、仮換地指定発効前の二四番地の明渡請求権と右指定発効後における二五番地の明渡請求権とは、請求の基礎を同じくし、請求原因においても可なり多くの共通した部分があるけれども、請求の対象を異にするばかりでなく、請求原因も一部異るので、請求それ自体としては両者は同一の請求ではなく別個の請求であること明白である。

したがつて二四番地の明渡を命じた債務名義に基いて、その債権者が債務者に対し、二五番地の明渡の執行をすることができないことは言うまでもないことである。このように、二五番地が二四番地の仮換地であるにもかかわらず、二四番地の明渡請求を認容した判決の執行力ある正本に基いては、仮換地指定後においても二五番地の明渡執行をすることができない以上、先に述べた理由により、同様の場合に、二四番地上の建物収去の債務名義をもつて、二五番地上の建物の収去の執行をすることはできない。

なお、本件の場合は、前認定のように、本件の債務名義となつた判決の言渡期日より以前に、右判決において収去すべき対象として指定せられた建物は前記のような方法で二四番地上から二五番地上に移転されていたのであるが、前記仮換地の指定の発効及び建物の移転が判決言渡期日に接着する口頭弁論期日より以前であつたかどうか記録上明らかでない。しかしながら、右仮換地指定の発効及び建物移転の時が最終の口頭弁論期日より以前であつたとすれば、右判決言渡時においては相手方の控訴人に対する二五番地明渡請求権の有無について審理判決することが可能であるにもかかわらず、右地番の土地についてはその裁判がなかつたのであるから、右判決は二五番地の明渡請求権に関する判決でないこと明白である。したがつて、この場合には、口頭弁論終結後に仮換地の指定の発効又は建物の移転等があつた場合に比較して、更に強い理由で、二四番地の明渡又はその上の建物の収去を命ずる内容の債務名義をもつて二五番地の明渡又はその上の建物の収去の強制執行することはできないわけである。

(四)  執行機関としての第一審受訴裁判所が執行対象の同一性及び範囲を認定する権限の限界について

前述したように、建物収去の代替執行の授権申立があつた場合には、申立を受けた第一審受訴裁判所は、債務名義に掲げられた収去すべき建物と申立に掲げられた収去すべき建物とが同一で且つその範囲を同じくするかどうか、及び、右両者の敷地が互に同一であるかどうかについて、審理認定しなければならないのであつて、この場合に、債務名義に掲げる収去すべき建物及びその敷地を特定する各要素の内容とこれに対応する申立において収去を求められた建物及びその敷地を特定する各要素の内容が、互に全面的には必ずしも一致していないときにおいても、右受訴裁判所が証拠と経験則とによつて両建物が同一で且つその範囲を同じくし、両建物の敷地もまた同一であると認めるときは、債権者に対してその申立てた建物収去の代替執行の授権をすることができる。しかしながら、執行対象が特定物である場合における執行機関の執行対象の同一性及びその範囲を認定する権限は、債務名義に掲げられた執行対象が具体的には実在するどの物件のどの範囲であるかの認定に限られ、債務名義自体の内容の正誤当否について判断したり、その不備誤謬を補足訂正したりすることを含まない。本件の場合、原審が債務名義に記載されている収去すべき建物の敷地前記場所の二四番地は具体的には同所二五番地に該当すると認定したとすれば、それは、証拠と経験則上に反する認定をしたものであるか、又は、両者の同一性の認定に先行して、「右債務名義には二四番地とあるがそれは二五番地であるべきである。」と、債務名義自体の内容について正誤当否の判断を下し、その不備誤謬を補足訂正しているのであつて、原審の右裁判は建物収去の代替執行の授権の申立を受けた第一審の受訴裁判所の執行対象の同一性及びその範囲の認定権限の正当な行使には該当しない。

(五)  結論

以上の説明で明らかなように、原審は、建物収去の代替執行の授権をなし得ない場合について、証拠又は経験則に反する事実の認定をしたか、或いは法律の解釈適用を誤つたかのいづれかの理由によつて、原決定中において、違法に相手方申立どおりの代替執行の授権決定をしたのであつて、右授権決定は取消を免れない。そして、既に右授権決定が取消すべきものである以上、抗告人に対して右授権決定に基く代替執行費用を予め相手方に支払うことを命じた部分も不要に帰し、これを取消すべく、相手方の代替執行授権の申立はすべて失当であるのでこれを棄却すべきものである。

よつて民訴法第九六条第八九条に則り主文のとおり決定する。

(裁判官 乾久治 長瀬清澄 安井章)

(別紙)

抗告の理由

一、神戸地方裁判所昭和三五年(ワ)第八四五号建物収去土地明渡請求事件につき、昭和四一年二月五日「被告は原告に対し別紙目録第一記載の建物を収去して右建物の敷地を明渡せ」

との判決があり物件目録第一には

神戸市生田区加納町五丁目二四番地上

家屋番号 同町五番の一

木造瓦葺二階建店舗 一棟

建坪 四坪六合七勺、二階坪 四坪七勺

なる記載がある。

二、しかしながら、神戸国際港都建設事業生田区復興土地区画整埋事業により、その施行者から右判決記載の建物の敷地につき仮換地指定がなされたので抗告人は昭和四〇年八月五日、本件建物を除去し、昭和四〇年一二月三日換地区三宮・元町街区一、符合一一の土地に建物を新築した。

三、新築建物の表示は

神戸市生田区加納町五丁目二三番地

木造瓦葺二階建 一棟

建坪 延六、二一坪(二〇、四九五八平方米)

である。

右建物は従前の建物と所在地を異にするばかりでなく、その構造、建坪(添付の移転通知書建築物等の引渡証によれば、従前の建物は延九、五八坪である。)が全く違い、資材も従前の建物に用いられていた古木材をごく少量流用しただけで殆んど新材及び他の古木材を用いて新築したものであつて、従前の建物と同一性がない。

従つて右判決の効力は現在の建物については及ばない。

四、執行裁判所は請求権の存在、債権者債務者の同一性等執行力ある債務名義につき、形式的審査をする権限を有するだけで、執行の目的物が現実に存在するかどうか従前の建物と仮換地指定後の建物が同一性を有するかどうか等の実体的な要件を審査することができない。

のみならず、前記仮換地指定及び建物の移転は受訴裁判所の建物収去土地明渡請求事件の第一審判決時までに行われたので相手方(原告)は、請求の趣旨を換地後の土地及び建物を目的とするものに変更する機会を有し、その変更した訴訟に於て建物の同一性を審理するべきものである。

又、抗告人は右第一審判決を不服として控訴しておるのであるが、執行裁判所が建物の同一性について実体的審理をなし(しかも口頭弁論を開かずに)たのでは、控訴審での建物の同一性を争おうとする抗告人(控訴人)の利益を奪うことになる。

執行裁判所が従前の土地及び建物について代替執行を許すのならともかく、同一性のない新築建物について執行を許すとする原決定は誤りである。

五、よつて抗告の趣旨記載の裁判を求める。

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